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世界週報1984.09.04──                    020831

大韓航空機事件の徹底的研究──(下)

一周年にオホーツク海の戦略諸問題を洗う
レーガンの新戦略と「水平エスカレーション」

野矢テツヲ


 

日・米・英で報じられた007便テストフライト説

 大韓航空機事件の真相を明らかにする鍵は、次の二つの謎を解くことにあると思われる。
1 信頼性の極めて高い最新式の自動航法システムを完備し、操縦歴22年、飛行時間1万時間を超すベテラン機長に率いられた優秀なクルーたちの操縦する近代的大型機ボーイング747が、なぜ2時間半以上もの長時間にわたって、正規航空路から500ないし700キロメートルもはずれたコースを、2000キロメートル以上も飛びつづけるという大暴走飛行をしてしまうことになったのか。
2 ソ連側の第二撃戦略核攻撃力の主力である弾道弾潜水艦隊の“聖域”オホーツク海上空に向かって奥ぶかく突っこんでゆくKAL007便機は、撃墜されるおそれが十分にあったばかりでなく、米側の核全面先制攻撃の予兆と誤認される公算が大きかった。にもかかわらず、米側はなぜそれに警告を伝えたり、ホットラインを通じてモスクワに善処を要請しなかったのか。
 英国の専門家たちは、これらの疑問にある程度納得のゆく解答を与えることができるひとつの見方を示している。例えば事件直後の83年9月2日深夜、英国国営テレビ放送局BBCはこの事件に関して、ベッドフォード大学の国際関係論専門家ポール・ロジャースにたいするインタビューを放映したが、彼はそのなかで要旨次のように語ったと伝えられる。
「……東西両陣営の情報機関は、相手国にたいするスパイ活動に民間旅客機をしばしば利用し、乗客を危険にさらしている。……たとえば今年(83年)の『ジェーン航空年鑑』にソ連が極秘裡に開発中のツポレフ超音速戦略爆撃機(NATOのコードネームは『ブラック・ジャック』)の写真が『81年11月撮影』として掲載されている。これはモスクワ郊外の実験飛行場にいる同機を、モスクワ空港着陸寸前その近くを飛行した西側の民間旅客機から撮影したもの。ツポレフ機が何時ごろ実験飛行場のどの場所にいるか、などについては偵察衛星が探知し、そしてその時間にそこを飛ぶ民間旅客機に接近させて撮影するという高度で巧妙に調整された連係(コーディネーション)作業が要求される。したがって民間機側も、それなりの技術的熟練が要求される……」
 同様の見方は同じころアメリカの専門家たちからも出されている。83年9月4日付「サンフランシスコ・クロニクル」紙は、次のように報じている。
「情報筋に近い軍事航空関係者は、KAL機がスパイ機だった可能性について否定してはいない。この情報筋によれば、多くの外国航空会社、特に政府直営もしくは半官半民の航空会社の飛行機は、定期的に政府のために情報収集をしているし、アメリカと同盟関係、友好関係にある政府はその情報をアメリカと共有している、という」
 わが国でも、“第一線に近い”自衛隊関係者が、次のように語ったと報道されている。
「……実は、自衛隊、特に航空自衛隊と海上自衛隊には、今回の大韓航空機事件は領空侵犯を承知のテストフライトだったという見方があります。私もそうみています。つまり、偵察衛星などで基地など、どこがどうなっているかはほとんどわかっていますが、それがどう機能するかとなるとデータがありません。(防空戦闘機の)スクランブルひとつとっても、どの程度の能力なのか、緊急時の司令はどう流れるのか、ナマのデータが今回は実にたくさん入手できたはずですからね。もしこれを軍用機などでやったら大問題ですが、民間機なら、たとえ撃墜されても非難はソ連に向くわけですから、民間機でこそできたテストフライトでしょうね」(「週刊サンケイ」9月22日号)
 諜報目的の故意の領空侵犯だとするこれらの説は、ある程度説得力をもつ見方であることは疑いないが、いずれも、他の事例や一般的事情ないし情況証拠からの推論の域を出ていない一種の憶測のかたちで述べられているにすぎず、83年9月1日に発生した問題の事件の原因を、争う余地なく証明したものでないことは明らかである。特にソ連側の“聖域”に向かって“不明機”を突っこませれば、全面核戦争が始まる危険性が十分あったわけだ。もちろん貴重な電子諜報(エリント)情報が大量に収集されたことも間違いないが、果たしてたんに、この種の情報を得ることだけのために、このような決定的危険を冒す価値があったのか、というもうひとつの新しい疑問を提起することになる。それにいずれも本格的、組織的調査研究の結果ではなく、事件直後にジャーナリストの取材インタビューをいきなり受けて語ったたんなる個人的意見ないし感想にすぎない。


BBC放送が特別番組で専門的実験結果を放映

 だが、英国BBC放送が事件後2週間経過した9月14日に放映した特別番組は、これらとは質的にまったく異なった、極めて高度で客観性のある情報を伝えた。それは英国民間航空管理局の専門家たちによる事件の分析結果を公表したものだった。彼らはボーイング747型機の地上操縦訓練機とコンピューターを用い、航空事故原因の科学的調査研究の手法を応用して、問題の大暴走飛行の本格的、組織的なシミュレーション実験をおこなったのである。考えられる限りすべての飛行モデルがつくられ、これにたいして27種もの条件が入力され検討された。その結果、次の結論が得られたというのである。
「……自動航法システムの故障であれ、同システムの飛行経路データの入力のさいのミスであれ、所定の航路から、このように大幅かつ長時間にわたって逸脱することは、絶対にあり得ない」
 これに付随して次の点が強調された、と伝えられている。
「機長は、同機に装備されている電波機器を利用して位置をたしかめ、それを地図と照合すれば、乗機がコースをはずれていることは直ちに発見できたはずである」
 このニュース番組は、たしかに直接明示的に言及はしていないが、KAL007便の大暴走飛行は、クルーの意図的操縦ないし位置チェックの意識的サボタージュまたはその結果の無視なしには発生し得ないものであることを明らかにしていることは疑う余地がない。また番組は、このようなクルーの意図的行動が何を目的にしたものなのか、という点にはまったくふれてない。にもかかわらず、この番組がこの時点で放映された政治的意味と効果は、極めて重大である。これは、単なる推論にもとづいた個人的見解の公表ではないのだ。実務的、技術的な意味で、この種の民間機“事故”をとりあつかう英国政府の公式機関である民間航空管理局の現場にいる専門家たちが、その立場ゆえに動員可能なそれぞれ最高水準の技術的知識、系統的に蓄積された現場での職業的経験、大掛かりなハードウエア機器などを用い、十分な時間とエネルギーを投入して周到かつ入念な研究の具体的結論が、米国の同盟国の国営放送局のテレビを通じて全国に放映されたのだ。
 もちろんこの事実は、電波にのって世界各国の報道機関に伝えられ、しかもその結論は、アメリカ国民に正確に知らされるならば、たんにアメリカ政府が懸命に組織していたソ連に対する人道的立場からの非難キャンペーンに、冷水三斗を浴びせかける効果をもつだけではなく、まかりまちがえばレーガン政権そのものの存続をあやうくするにたる“メガトン”級の政治的衝撃をあたえるものであったことは明らかである。
 BBCの番組はもちろん、この大暴走飛行の責任が米国政府にあるなどと主張していない。だが大韓航空の軍人あがりのパイロットたちがアメリカ諜報機関とまったく連絡なしに、オホーツク海周辺のソ連領空にたいして真正面から侵犯をくわだてるなどと考える者は、世界中のどこにもいないであろう。
 番組の結論のこのような衝撃性は、情報源の権威と信頼性の高さによって冪数倍されている。もちろん、この研究結果の公表は、英国政府の名でおこなわれたわけではないし、民間航空局の名によって正式になされたものでもない。だがいかに民主主義の総本山のイギリスのこととはいえ、このような刺激的テーマについての大掛かりで費用と時間を食う本格的なコンピューター・シミュレーション実験を“国家公務員”たちのグループが実行しようとする場合に、上司や上級機関の“意向”に反して勝手にやれるものではない。

「ディフェンス・アタッシェ」論文図1

 1964年1月28日に発生した第1回の米軍機の東独領空侵犯撃墜事件の経過と「フェレット」電子諜報(エリント)衛星の軌道上の位置、時間との関係図。西側の軍事評論家グループによってつくられ、今回初めて発表された。
 侵犯機のT-39練習機は、グリニッジ標準時14:02に撃墜された。このとき衛星「64-02」はまだ地中海上空にあり、3分後に事件発生空域に再接近するはずだった。スパイ飛行の立案者の計画よりも3分以上早く侵犯機が撃墜されてしまった結果だと、論文執筆者は推定している。

「ディフェンス・アタッシェ」論文図2


大韓機上空にエリント衛星・英軍事専門誌が関連を指摘

 慎重で保守的な英国政府の下部機関としては破天荒な、民間航空局のこの“態度”の背後には、上級機関の“お忍び”での意思があると推測される。おそらくそれは、有能さに定評のある英国諜報機関がもたらした十分うなずける態度の極めて高い裏づけ情報と、陸海空三軍の俊秀からなる幕僚会議による真剣で綿密かつ全面的な検討とによって決定された秘密の、しかし確固たる基本方針によるものと思われる。
 このような推測を間接的に裏づけたのは、今年6月に発行された英国の権威ある軍事専門誌「ミリタリー・アタッシェ」が“サハリン事件の再検討”と題する極めて興味深い論文を掲載したことである。
 同論文は、三つの重要な情況証拠から、KAL007便機が、ソ連のレーダー網の能力を電子諜報衛星「フェレット」および「スペースシャトル」を用いてスパイする目的でソ連領空内に放たれたオトリ機だったと推論している。ひとつは、1964年に東ドイツの領空にたいして米軍用機が二度にわたっておこなった領空侵犯である。これらのいずれの領空侵犯のさいにも、「フェレット」型電子諜報衛星が、“侵犯機を捕捉追跡していた東側のレーダーの活動状況を調べるのに最適な”位置付近を通過中だったことを示す詳しい専門的データを紹介したのち、同論文は「このような絶好のチャンスが偶然に発生する確率は200分の1である」と述べている。つまり二度の侵犯事件のいずれの場合も、「フェレット」が偶然に絶好の位置にある確率はそれぞれの確率の積であるから、実に4万分の1というわずかなものとなり、両方とも意図的侵犯だった疑いが極めて濃厚だ、というわけである。
 次の情況証拠は、今度のKAL機の領空侵犯のさいにも、意図的調整連係(コーディネーション)なしに起こり得るとは考えられないほど、精密な時間的、空間的整合性を示して「フェレット」が事件空域の上を三度にわたって通過している事実である。
 第1回はKAL機がカムチャッカ半島のソ連領空侵犯を始める1時間40分ほど前、第2回は同半島の領空侵犯が開始された直後、3回目はソ連領サハリンの侵犯が始まる直前であった。これはそれぞれ、ソ連レーダー網の活動状態が平常の水準にあるとき、警報によって輻射出力が2倍に強められたとき、およびサハリン空域のレーダー網の活動が警報状態に強化されている最中にあたっていたというのである。この点については同論文は、「……この事件は1964年の二度にわたる事件と照らしあわせて見るならば、完全な同一性を示していることは明らかである」と強調している。
 最後の情況証拠は、STS-8任務飛行中だった「スペースシャトル」が“陸、海、空、宇宙空間をすべて含む範囲に舞台を拡大した諜報活動の指揮、管制、通信任務を事件発生空域にかんして十分に遂行できる各位置”を必要なそれぞれの時点に通過した事実である。
 この論文の重大性は、極めて実証的で説得力のある内容もさることながら、発表された刊行物の性格と、時期、そして匿名の筆者の推測される社会的地位ないし情報源にある。
 筆者は「フェレット」の機能や「スペースシャトル」の軍事的役割などについては、用心深く公表された刊行物を引用して説明している。しかし64年と83年の領空侵犯事件に関連しての「フェレット」や「スペースシャトル」の軌道や位置関係の詳細なデータや、それが電子諜報技術的にもつ鋭い意味についての専門的知識は、たんなる軍事評論家の誰もがわきまえていたり、簡単に入手できたりする性質のものではない。筆者自身が英国電子諜報部隊の専門家であるか、あるいは少なくともそのような専門家を直接の情報源としていることは、まずまちがいないと思われる。


情報公表の背後に上層部の政治的判断か

 83年の事件のさいの侵犯機と「フェレット」の位置関係のデータは、83年9月20日の「プラウダ」紙に掲載されたキルサノフ元帥の論文を引用する形をとっているが、アメリカ政府が“自己弁護のための虚言”と攻撃しているこの論文データを、筆者はどうして信用したのか。英国電子諜報部隊自身の観測と計算による確かな裏づけがあったればこそ、さりげなく「プラウダ」のデータを引用する、という大胆で人を食ったやり方が可能だったはずだ。
「ディフェンス・アタッシェ」は、問題の論文を掲載するにあたって「編集者は著者の意見に必ずしもすべての点で同意しているわけではないし、本誌はすでにKAL007が“スパイ”任務を帯びていたとは信じていないむね声明をしている」などと弁解じみた前書きをつけているが、むしろ軍の非公式の意向によってこの論文が掲載された、と見るべきだろう。あるいは軍を飛び越して、もっと上の方から内々の指示があったのかも知れない。しかしその場合でも、軍としては少なくとも重大なな異論はさしはさまなかった、という条件がなければ、この種の情報を含んだ論文を掲載できるとはとても考えられない。いずれにせよこの種の情報を洩らすことによって失われる軍事的利益よりも、はるかに重大だと評価された何らかの利益を目的とした政治的判断が、この論文が公表された背景にあると思われる。
 そして、そのような判断を下した主体は、英国政府のかなり上層部であると推定される。なぜならこの判断は、問題の論文が問題の場所に公表されることがもたらすことになる同盟国政府との外交的摩擦を明らかに意識し、これを少なくともやむを得ないものと見なし得る立場に立てるレベルの政府機関でなければならないからだ。
 この点と関連して、問題の論文が公表された時期にも、背後にある極めて政治的な企図がうかがえる。一般の媒体がたんにジャーナリスティックな観点からのみ大韓航空機の問題を再びとりあげるとすれば、本誌を含むわが国の各媒体がそうしたように一周年がかなり近づいた時期をねらうのが常識だ。「ディフェンス・アタッシェ」誌は各月刊で8月に84年の第4号が出ているが、問題の論文はこれより2カ月も早く6月に発行された第3号に掲載されたものである。明らかに一周年を前にして各媒体が編集企画や番組を立案決定する時期をねらった、「フェレット」なみの精妙なタイミング調整の形跡が看取されるのだ。
 イギリスに事実上一局しかない民間テレビ局ITVは、この論文に刺激されたかのように7月19日、大韓航空機撃墜事件の特集番組を放映した。AP電の伝えるところによれば、この番組は次のような指摘をおこなったという。
「……米当局者から得た秘密情報によれば、ブラックボックスはすでに回収されており、米政府はブラックボックスの返還を求めた韓国側の要請を拒否した。しかし、同政府は公式にはブラックボックスについてのこれらの情報を否定した。……大韓機が、西側情報機関のためソ連のレーダー能力と電子信号を探知することを目的として、故意にソ連領空を侵犯した可能性がある。……元米諜報機関員は“アリューシャン列島にある米軍のレーダー基地が、大韓機の航跡を追跡できないはずはない。同機に航路を変えるよう容易に警告できたはずだ”と証言した。……同機関員は、このレーダー基地が極めて広範囲をカバーできるレーダーを保有し、一度に100の目標をとらえることが可能だと指摘、“航路を外れた大韓機を捕捉できなかったとしたら、侵入してきたソ連の大陸間弾道ミサイルを発見できる見込みはない”と述べた。
 また東京で大韓機撃墜事件の調査を担当した元米外交官も同テレビに対し、大韓機が情報任務を負っていたと確信している、と述べた」
 この番組は、その取材地が世界中に広がっていることと、高度な情報源の設定と情報内容の尖鋭性などからみて、いわゆる“ブッツケ本番”式の駆け足取材では、とてもあつかい切れない性格のものである点から、「ディフェンス・アタッシェ」論文発表以前から企図され、周到に準備されていたものと考えられ、同論文によって刺激されて初めて企画されたものではないと推定される。この点といい、一周年の9月1日から1カ月半近くも先んじて放映されたというジャーナリスティックな意味での“季節はずれ”の日程といい、そして特に情報源が民間ジャーナリズムだけでは接近困難で、英国情報機関の手引きがあったと推定される点といい、これも同論文とならんで、英国政府筋がひそかに推進していると推定されるKAL機スパイ説キャンペーンの一環である疑いが濃いと見るべきだろう。


異常な保険金額支払いをめぐる奇怪な事実

 いずれにせよ、以上紹介した諸事例だけを見てもわかるように、英国の各種媒体は、民間系、政府系ともに、事件直後から一年間にわたって、かなり執拗にスパイ飛行説を流しつづけている。もしこのキャンペーンの背後に英国政府筋の非公式の意図があるという推測が正しいとすれば、その理由はいったいなにか。事件直後の外電は、ひとつの極めて奇怪な事実を伝えた。問題のボーイング747型機の機体と乗員、乗客にたいして、実に4億ドルという非常に高額の保険がかけられていた、というのである。全日空広報部の説明によれば、「ふつうは機体の再取得価格にみあう額をかけるのが国際的な常識」という。新品のジャンボ機1機の相場は、83年夏現在で1機7000万ドルだったから、4億ドルといえば、新品が半ダース購入できる勘定となる。ところが、撃墜された機体は79年2月に大韓区空が西ドイツのルフトハンザ航空から買い入れた中古機だったのだ。同機をルフトハンザが新品として買い入れたのが72年だというから、購入時点までにすでに6年以上も飛んだ機体だ。おそらく新品の半値ぐらいで買い入れたはずだという。再取得価格の実に10倍以上の保険金がかけられていたということになる。
 さらに奇怪な事実がある。この異常に高額の保険金を、手堅い経営ぶりと強力な情報収集能力で世界的に有名な英国のロイズ保険組合が、事件からわずか三日後にあっさり支払うことを承認したのだ。現地調査もしないで、ロイズがこんなに簡単に支払いを認めるというのは、極めて珍しいことだという。
 これらの異常な諸事実の背後にある真相を推理するのはむずかしいことではない。まず大韓航空は、ある特殊な理由で問題の機体が墜落する可能性が非常に大きいことを知っていたとしか考えられない。そして、さらにロイズもおそらく事件前にこの特殊な理由を知っており、しかも同機の領空侵犯の真の原因を、少なくとも事件直後にいまいちど確認した上で、保険金支払いを決定したのだ。ロイズが英国政府の諜報機関と非常に綿密な関係があることは、広く知られている。したがって、このように重大な国際的事件の真の原因について、ロイズが確実な諸情報を得た各時点で、英国諜報機関がそれらを知っていなかったはずはない、と考えられる。そこでこの点をふまえたうえで、さらに英国政府が事件直後からスパイ飛行説キャンペーンを開始した具体的目的がどこにあるかについて、推論を試みてみよう。まず推論の基本的アウトラインを述べておく。


スパイ説キャンペーンを英メディアはなぜ流したか

 第一には、英国政府は何らかの理由で公表できないルートから得た、大韓航空機事件の真の原因にかんする確実な情報をおそらく握っていたのだ。第二には、英国戦略指導層はレーガンのいわゆる「新戦略」とくにそのなかの「水平エスカレーション戦略」にたいして半ば公然と疑念を表明している。したがって今回の事件をそのまま準備ないし発動と判断し、ソ連側の急激な「垂直エスカレーション」を引き起こす可能性をはらんだ危険な瀬戸際作戦と見て、今後もこの戦略が発動されることにかんして重大な危惧の念を抱いていると思われる。第三には、KAL007便機には英連邦のカナダ、オーストラリア、ホンコンなどの国民や市民が搭乗していた。当然のことながら、英政府としては事件直後、英連邦所属市民が今後再びこの種の危険にさらされないようになるための実質的保証──つまり非公式の謝罪と、今後いかなる国の民間機もこの種の危険な電子諜報飛行には利用しないという秘密の誓約のたぐい──を秘密外交ルートを通じて要求したと推測される。だがおそらく、レーガン政権に拒否されたのだ。そこでこれに対する政治的報復と牽制のため、「水平エスカレーション戦略」批判キャンペーンを兼ねて、事件の真相を徐々に公表し、内外の異論を動員しつつ、米政府に再考を迫るという基本方針をかため、実行に移しているのではないだろうか。
 英国政府は電子諜報戦にかんする秘密協定を、アメリカ政府との間に締結していると伝えられている。「UKUSA協定」と呼ばれるこの秘密条約は、最初1947年に、米、英、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド5カ国の英語国の諜報機関を、単一の機構として能率的に活動できるよう結集させ、用語、暗号符、傍受情報処理過程などを標準化することを目的として結ばれたという。この条約にはその後、NATO諸国や韓国、日本も署名したといわれている(James Burnford, "The Puzzle Palace", 1982, Boston)。
 もし事件の原因が、KAL007便機を電子諜報戦のオトリ機として用いたことにある、という推測が事実どおりであったとすれば、当然この条約にもとづいて、少なくとも米日韓およびオーストラリアの各国電子諜報部隊の間で、秘密裡に緊密な共同活動がおこなわれたと考えられ、英国政府もこの条約の線を通じて、その真相を多分リアルタイムで(実施部隊はおそらく準備段階の時点で)知ったことは容易に想像できる。なぜならば衛星でとらえられた事件をめぐる電子諜報情報の少なくとも一部は、オーストラリアのエリススプリングにある中継基地経由でワシントン郊外のフォートミード基地にあるNSA(米国家安全保障局)情報解析センターに集中され、解読、分析されたからである。
 だが、英国政府としては、この種の情報源にもとづく情報は、条約を破棄しない限り勝手に公表するわけにはいかない。そこでやむを得ず民間航空のシミュレーション実験、「フェレット」衛星と領空侵犯機の調整連係行動などについての情況証拠だけにもとづいたKAL機スパイ飛行説を流して、これの暴露にかえていると推定されるのだ。
 当然のことだが、同盟国政府の秘密行動にかんするこの種の情況証拠は、政策決定の判断材料や非公式の外交折衝に用いることはできても、テレビや新聞雑誌などの媒体を通じて一般国民や外国報道機関の前に、政府として公表できる情報ではない。この種の情況証拠だけでは、いかに確率的に高いものであっても、あくまで単なる情況証拠にすぎないものである限り、同盟国に公然と“有罪判決”を下して政治的断罪をおこなうわけにはいかないからだ。前述の64年に2回にわたって起こされた東ドイツ領空侵犯事件における米軍機と「フェレット」型衛星の位置関係における整合が、いずれも偶然の結果にすぎないものであって、アメリカの電子諜報部隊による計画的な調整連係行動ではなかった確率は、たしかにわずか4万分の1であることは理論的にはまったく疑う余地はない。しかし逆に、4万回に1回だけは、こういうことも偶然の結果として起こり得るという点が大切なのだ。
 それゆえ、この種の情況証拠だけに立脚する限り“疑わしきは罰せず”の原則にしたがえば、64年の事件においても83年の事件においても、アメリカ電子諜報部隊は、“無罪”なのだ。したがって、英国の各種媒体がこの1年間しつこくおこなっているKAL機スパイ飛行説のキャンペーンは、形式的にいえば同盟国にたいする一種の誹謗中傷をおこなっていることにならざるを得ない。だがもしこのキャンペーンの背後に、われわれが推測したように英国政府の秘密のさしがねがあるのだとすれば、事態は逆転する。英国政府は確定的な裏づけ情報を握っているのでなければ、このようなキャンペーンを実施するはずはない立場にあるからだ。したがって、ほんとうに英国政府が背後にあるとすれば、KAL機が少なくとも意図的領空侵犯をおこなったことは確実だと判断してもよい、ということになる。


レーガン大統領の強硬な対ソ新戦略

 以上の考察と推測を前提として、いよいよ本稿での考察の結論部分に入ることができる。それは、レーガンの新戦略とくに「水平エスカレーション戦略」と、これにたいする英国政府の批判と危惧に関する具体的な説明である。
 以下、英国国際戦略研究所“Strategic Survey 1982-83”(邦訳「世界の軍事情勢」)の論述に依拠して、その説明をおこなうことにしよう。毎年出版されるこの報告書は、英国戦略指導層の考え方を最も正確に反映した文書であり、しかも同書の82〜83年号には83年9月1日を前にした英、米両国の対ソ戦略方針の食いちがいを、極めて鮮明にあますところなく描き出していると思われるからだ。
 同報告書によれば、レーガンの世界観と対ソ政策の“最も雄弁な解説者である”国家安全保障会議のソ連専門家リチャード・パイプスは次のように主張している。
「ソ連は軍事的にアメリカをしのいでいるだけでなく、本質的に対外侵略攻勢を推進する国内システムによって駆り立てられている」
「それゆえ、ソ連全政治システムが変わらない限り、ソ連は潜在的な不倶戴天の敵であり続けることになる。そのうえこの敵は、過度の帝国主義的拡張と特有の経済的不能という二つの重荷の下で、崩壊の瀬戸際にある。それゆえ西側は、ソ連を封じ込め、あるいは少なくとも軍備競争においてソ連を窮地に追い込むことが必要である」
 報告書によれば、英国をはじめとするヨーロッパ各国の戦略指導層は、この思想と方針にたいして、根本的に対立する見解をもっている。
「……ヨーロッパの保守主義でさえも、ソ連の崩壊が差し迫っているとの理論には大きな留保を付けていた。軍備拡張競争や貿易制限などの経済的手段でこの国を屈服させるという考えは、強い自給自足志向を持った世界一資源が豊かな世界一の大国を相手にする場合は、空想のように思われた。……ソ連では国民の持つ期待が低く、また効果的な国内統制装置を持っており、そして、すでに実証済みの社会を動員し犠牲を強いる能力を持っている。これらが合わされば、ソ連は抱えている経済および人権問題をどうにか封じ込めることができると判断した。彼らは、強硬一点張りの西側の政策は、ソ連に崩壊を強いるどころか、ソ連のエリートと大衆を結び付けて、外国の圧力に抗する狂信的愛国者に仕立てあげるのに手を貸すだけであると結論づけた。さらに彼らは、クレムリン指導層は、過去65年の間にソ連が達成したものを維持することを最優先にする合理的な人間とみなした。したがって、西側にとっては、モスクワに軍事的冒険を冒さないように誘因を与えるだけでなく、好ましい行動をとるように経済的刺激を与えるほうが良いということになる」
「共存の代価としてワシントンが求めていたソ連国内の根本的変革という露骨な要求は、戦争の発生をおさえる方向にソ連の態度をかえさせることを保証するものとは考えられなかったし、西側が東側にたいする倫理的な優位の旗印とみなしていた、持ちつ持たれつという寛容の精神に反することであった」
 レーガンは、英国をはじめとするヨーロッパ各国指導層の、このような考え方とはまったく反対の情況認識にもとづき、新しい戦略を策定し公表した。それは次の四つの具体的戦略から成り立つものであった。
1 大規模で急激な軍備拡張競争と徹底した貿易制限などによって、経済戦争を挑みソ連経済を崩壊にみちびく「経済戦争戦略」
2 核を用いない通常型戦争を長期間にわたって持続し得る能力を西側がもつことによって、継戦能力の差に目をつけたソ連が侵略をおこなうことがないようにする。必要とあらば長期通常戦争を実際におこなう「長期通常戦争戦略」
3 ソ連の侵略攻勢にたいして、それがおこなわれた正面だけでこれに対処せず、世界のまったく別なところでこれに対抗する軍事行動を起こす「水平エスカレーション戦略」
4 核戦争においても優位を確保し、長期通常戦争の環境下においてもこの優位を維持し、必要とあらば限定局地核戦争から全面核戦争にいたるあらゆる形態の核戦争を実際におこなう「核戦争における優位戦略」


ソ連本土をも目標にした水平エスカレーション戦略

 このようなレーガン戦略の基礎には、いまやソ連が核戦略の増強によって、アメリカに対して戦略核で対等の立場にたつにいたったため、従来の全面核戦争にいたる各段階の核戦争に連続的にエスカレートすると威嚇して、ソ連の通常攻撃を抑止する信頼性が低下してしまった、という認識がある。これにかわる抑止として考え出されたのが「長期通常戦争戦略」と「水平エスカレーション戦略」である。後者については、ワインバーガー国防長官が議会に提出した「国防報告」のなかで次のように説明している。
「たとえ敵が、あるひとつの場所だけに限定した攻撃を仕掛けてきたとしても、われわれとしては、その場所だけで侵略に対処する反撃をおこなうことに限定しない方針をとるかも知れない」
「敵にとって、自らが攻撃しているものに匹敵し得る重要性を持つ領土あるいは資産にたいして反撃する能力をわれわれが持つことによって抑止が強化されるであろう」
 この「水平エスカレーション」の攻撃目標について、非公開文書にもかかわらず、報道関係者に故意に漏洩されたものとみられる国防総省の「84〜88年度国防指針」は、次のような重大な説明をおこなっている。
「……こうした目標は第三世界におけるソ連の同盟国に限定されず、ソ連本国自体を含むものとなるかも知れない」
 アメリカは、ソ連本土のいったいどこを攻撃しようとしているのか。“Strategic Survey 1982-83”によれば、それは太平洋地域のあるソ連領土、すなわちベーリング海、オホーツク海、日本海に面したソ連領なのだ。同報告書は、次のように述べている。
「……このドクトリンの解説者たちによって論じられている、ソ連のイニシアチブによって引き起こされる危機のなかで、可能性の高いシナリオは、大部分がペルシャ湾岸に関連したものであることから、そのような場合、アメリカは例えば太平洋地域のような自ら選んだ地域で報復しようとするであろう、と想定されてきた」
 この報告書がふれているように、ソ連がペルシャ湾岸諸国へ触手を伸ばす一方、事件当時はPLO(パレスチナ解放機構)をめぐるレバノン情勢の緊張を利用する恐れがあるとみたアメリカが、中東以外の他の地域で、ソ連を牽制しようと企図したとみることは十分可能である。
 かくて英国政府は、もし大韓航空機が故意にソ連領空の侵犯をおこなったという確証を握っているとすれば、これは単なる電子諜報偵察だけが目的ではなく、まちがいなく「水平エスカレーション戦略」の示威が主目的だと判断したことは明らかである。なぜならば、ソ連に対する抑止が目的である限り、この戦略が口先や文字の上だけのおどかしではなく、実際に実施する用意と決意が十分あることを、疑う余地もなくはっきりソ連に悟らせておくことが、どうしても必要だからだ。そしてオホーツク海域のソ連領は、ソ連にとってほかの地域でいかに重要な代償が得られようとも、手放すわけにはいかない貴重な資産だ。第二撃戦略核攻撃力の主力、弾道弾潜水艦隊の“聖域”なのだから。報告書はさらに、次のように述べている。
「……この考え方には、明らかに強みもあるがまた重大な弱点もある。アメリカが選択する対応地域の(ソ連にとっての)重要度を誤判断すれば、水平エスカレーションは急速な垂直エスカレーションを導くことにもなろう。従って水平エスカレーションは、万能薬とはいえず、国家戦略あるいは同盟戦略の基盤として採用される前に、その効果についてより深い分析が必要である」
 報告書によるレーガン新戦略と「水平エスカレーション」についての紹介と批判は、以上のとおりである。


レーガン流戦法の示威をねらったソ連領空侵犯

 大韓航空機の大暴走飛行が、単なる電子諜報のオトリとなるためだけでなく、水平エスカレーション戦略の示威を主要な目的とした意図的ソ連領空侵犯だったとすると、残されている疑問点はあらかた解ける。ソ連の弾道弾潜水艦隊の“聖域”オホーツク海水域を中心に、核臨戦態勢に入るソ連軍の動きにかんする電子諜報情報は、たしかに米軍にとって垂涎の的となる重要性をもつものだったことは確かだ。しかし、たんにこれを得るという目的だけのために核戦争勃発の大きな危険を冒すのは本末転倒の行動であることは明らかである。
 だがレーガン新戦略の基軸である水平エスカレーション戦略そのものの示威が主要目的だったのだとすれば、むしろ“急速な垂直エスカレーションを導く”危険をあえて意図的に冒すところにこそ、ソ連戦略指導層を震えあがらせるに足る絶大な威嚇効果が発揮され、彼らに今後“対外侵略攻勢”にかんして極めて慎重な態度をとることを強制するゆえんがあるということになるのだ。
 また米国政府が、侵犯機が擬装核先制攻撃機であるとの誤認などによって発生し得た偶発戦争の危険を回避するため、大韓航空機そのものに警告を伝えて正規コースに誘導したり、モスクワにホットラインで緊急連絡をおこない善処方を要請したりすることを、技術的には可能だったにもかかわらず、いっさいおこなった形跡がないことも、納得がいく。
 さらに英国政府が、客観的にはソ連政府を弁護する役割を演ずることをあえて辞せず、同盟国の米国政府を世界の世論の前に断罪するにも等しい大韓航空機スパイ機説キャンペーンを執拗に展開しつづけたとしても、決して不思議ではない。英国政府は、レーガン政権の対ソ“北風戦略”に原則的に反対で、“太陽戦略”を押し出して譲らない立場にある。しかも、「共産主義は大嫌いだ。しかし核戦争はそれよりももっと嫌いだからだ」という、ヨーロッパ諸国の核戦争をなんとしてでも回避しようとする強い政治的潮流の代表者なのだから。水平エスカレーション批判を前面に出さず、スパイ飛行説にしぼっているのは、あまり高度の戦略論争は一般大衆にわかりにくく世論動員には不適当だ、という配慮からだと考えれば得心がいく。
 さらにまた、もし単なる電子諜報(エリント)目的のスパイ飛行であった場合、米国政府はその事実の秘匿に全力をあげ、厳重な報道管制がおこなわれてしかるべきはずであるのに、逆に意図的領空侵犯であったことを示す証言や証拠の系統的な意図的漏洩が行われている形跡があるという奇怪な事実にも説明がつく。というのは、かんじんのソ連戦略指導層が一致して意図的侵犯が事実であったことを確信してくれなければ、十分な威嚇効果は期待できないからだ。国際心理戦ないし諜報戦の冷酷で非情な論理にうとい“文官エリート”たちは“まさか”という常識論にとらわれがちなのはどこの国でも同じで、米国側の猛烈な人道的非難キャンペーンの薬が効きすぎてしまい、おそらく事件直後のソ連戦略指導層内部にも、誤って民間機を撃墜した軍部の自己弁護のためのデッチあげではないか、という疑惑が根強くはびこったことは、容易に想像がつく。米国政府の練達の心理戦担当者たちは、この点まで洞察して一種の“犯行宣言”を流布するという布石を打ったと見るべきであろう。
 最後に、事件直後、米ソ艦隊が墜落現場のモネロン島(海馬島)周辺海域で懸命に捜索していた“ブラックボックス”にふれておきたい。“ブラックボックス”は、ほかの民間旅客機も万一の場合の事故原因調査に備えて常に搭載しているコックピット(操縦室)の録音をするボイスレコーダーやフライト経過自動記録装置などをおさめた箱のことである。
 大韓機には、これとは全く別の、電子諜報(エリント)専用の機器をおさめた特別な箱が備えられていた疑いがある。この装置で得られたデータを、撃墜時に近くを旋回していた米偵察機RC-135に送信していたのではないかというわけだ。英国報道機関が主張しているように、スパイ飛行説が正しいとすれば、米ソ艦隊の捜索目的が、この電子諜報用ブラックボックスの回収にあったことは間違いなさそうだ。ちなみにソ連側は、大韓航空機が電子諜報情報を送信しているのを傍受した、と主張している。
(完)


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